ぱちぱちと、音がする。
この音とにおい……焚き木……?
朦朧とする意識のまま、とりあえず体を起こそうとしたミリアは、腹部に鈍痛を感じ、咳込んだ。
---! そうだ、私はヴェノムと戦っていたのではなかったか。
腹に一発、直撃を食らったのがまだ痛んでいるのだ。
思い出したその時。炎の向こうから、優しく、声がかけられた。自分を打ち倒した、かつての奴の側近から。
「まだ休んでいた方がいい…」
「殺せ!何故私をこうして生かしている!!その上、倒れた傍らで介抱の真似事などどういうつもりだ!」
ミリアはヒステリックに叫びあげて、また咳込んだ。最後に打ち込まれた一発の弾は、実にきれいに決まっていたようだ。
ともに仕事をしたことはないが、ザトーと仕事をしているところを見張りしていたことはある。手の内を分かっているという慢心と、組織の人間が目の前に現れたという焦りが敗因であった。
「君を殺したなどと、ザトー様にご報告できはしない。あの方の悲しむことなど、したくないのだ。」
「なっ」
----奴のために、私を殺さなかった。そう言うのか。
彼女にとって、どんな侮蔑の言葉より屈辱であった。
ミリアはヴェノムにつかみかかりたかったが、体を少し動かすだけで腹部に痛みが走る。苛立ちで、怒りばかりが増幅される。
「私を生かしておいたら、いつか必ずこの手でザトーを殺す。後で悔いても知らんぞ!」
噛み付かんばかりに吼えてみても、ヴェノムの長く伸ばした前髪の向こうの表情は窺い知れない。静かにたたずむその余裕が歯痒かった。
彼はポツリと、こう切り出した。
「なぜ、そんなにあの方を憎む。君も私と同じくあの方に育てられたようなものだろう…?そして、残念だがあの方に必要だったのは君という支えだ。私でなくてな。あの方は…」
「黙れ!」
ミリアは手で腹を抑えながらも、叫んだ。まるで、いつも押さえ込んでいる感情が爆発したかのように。
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!貴様に何がわかる!同じようにだと?お前と一緒にするな!! 望んで人殺しになったつもりはない!進んで奴に取り入った覚えもない!奴が、奴が勝手に私を信頼しただけだ!!」
組織の中の自分の待遇が、女としては格段によかったのもザトーが目をかけていたが故であった。時に重大な仕事を割り当て、重きを置いてくれるのが彼なりの愛情表現であることにも気付かないわけではなかった。
だが、彼には、いや組織の中で誰にも、分かりはしなかっただろう。その信頼こそが、ミリアにとっては何よりの苦痛と重荷でしかなかったことが。
組織での己が生活のために信頼にこたえなければという思いと、そのために見ず知らずの者の生活を握りつぶすことへの罪悪感。
その均衡が崩れたあの夜、彼女は全てを裏切って逃げ出したのだ。
悔しかった。ヴェノムに負けたことも、殺す機会があったにも関わらず生かされたことも、ザトーの信頼を羨まれるのも、そして涙しながら喚く自分自身も。